クマだって冬眠してるもん。
2011年に発表された次の論文を紹介します。
Science. 2011 Feb 18;331(6019):906-9.
Hibernation in black bears: independence of metabolic suppression from body temperature.
Tøien Ø, Blake J, Edgar DM, Grahn DA, Heller HC, Barnes BM.
要点は
- 冬眠中のクマ(アメリカグマ; Ursus americanus)の体温と酸素消費量を計測した。
- 冬眠中のクマの体温は30°C程度の低下しかしないが、代謝は基礎代謝の25%程度まで低下しており、温度の低下による代謝低下だけでは説明ができないため、クマは能動的に代謝を下げている(=代謝抑制; metabolic suppression)。
- 冬眠から覚醒して3週間程度は基礎代謝の半分程度(!)の代謝で活動している。
冬眠(hibernation)とは恒温動物が長期間にわたって能動的に代謝をさげることをいいます。多くの冬眠動物は冬期[1. 実は「冬」眠というものの夏に同様の状態になる生物も確認されています。]に数カ月にわたって低代謝状態が続き、動かなくなり[0. 全く動かないわけではありません。たとえば心臓は動いていますし、呼吸も行います。ただし、どちらの機能も著しく低下しています。というより必要なエネルギーが非冬眠時と比べて少ないというほうが正しい。]、この間の体温は環境温よりもほんの少し高い程度で、中には氷点下まで下がってしまう動物もいます。クマも冬眠っぽい行動を取ることは知られていましたが、体温がせいぜい30度程度までしか下がらず、本当に冬眠なのか?という疑問がもたれていました。今回、Tøien、Barnesらによってクマだって冬眠してるもんという証拠が初めて世に示されたのです。
冬眠中の動物の代謝は酸素消費量で間接的に計測されます。温度が低下すると全ての化学反応の速度は低下しますが、冬眠中の動物は体温が低下しているため、低下した温度の分だけ化学反応が遅くなり酸素消費量が低下します。ところが、冬眠中の動物の多くは温度低下に伴う代謝低下に加えてさらなる酸素消費量の低下を認めるのです。すなわち、実際に必要としている代謝、言い換えると生体を維持するのに必要なエネルギー量を何かしらの方法で減らしているのです。冬眠中に体温があまり低下しないクマは能動的な代謝抑制すなわち必要なエネルギーが低下しているかが大きな謎でした。単純に体温が落ちて代謝が落ちているだけではないのか[3. それはそれですごいことなのですが。]、疑われていたのです。
今回の論文で冬眠中のクマにおいても体温の低下だけでは説明ができない酸素消費量の低下が確認されました。つまり、体温が下がって受動的に代謝が落ちているだけではなく、エネルギーのneedsもさがっているのだ、ということがはっきりしたわけです。実はこのことは冬眠を臨床応用する際には非常に大きなポイントになってきます。
現在、行われている「低体温療法」(頭部外傷の治療など)は純粋に化学反応を遅くしているだけですが、理想的には組織や細胞が必要とする酸素消費量を安全に下げる「低代謝療法」が目的です。冬眠の能動的な低代謝機構が臨床的に注目を浴びているのは、動物が(まさに今回のクマが行っているように)体が必要としているエネルギー量を低下させており、冬眠期間が終わると何事もなかったかのように恒温状態にもどるからです。
また、今回のクマ冬眠の報告は、実はヒトより大きな動物で能動的に代謝を落としていることを示した初めての例だと思います。ヒトで冬眠ができない理由として、すくなくとも体重が重いことはいいわけにできないことが示されたと言えるでしょう。個人的には冬眠の臨床応用を考える上で勇気の湧いてくる論文となりました。
—